社会に適応できない。割り切ると現実の見え方が変わる理由

うつ病の悩み
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こんにちは。
精神科作業療法士の大祐です。

 

現実の中で多かれ少なかれ
上手くいかないことってありますよね?

 

私自身も
順風満帆で行く時もあれば
八方塞がりのような時もあったりします。

 

よく聞く相談で
「社会に適応できていない自分が辛い」
という悩みを多く聞きます。

 

この世の中には
いろんな考えを持った人がいます。

 

自分のことが絶対に正しいと押し切る人もいれば
柔軟に対応する人もいる。
心では反骨心があるけど
言葉には出せない人。
色んな人に違う関わりをしすぎて
ホントの自分が分からなくなったり。

 

態度も多様性があり
タメ口だったり融通がきかなかったり
わがままばかり言う人だったり
それこそパワハラまがいのことを
してくる人もいるかもしれません。

 

たくさんの人がいる中で
自分自身が上手に振る舞うことができなくて
社会に適応できていない。。

と悩む人も実際にいます。

 

ここで一つ伝えたいことがあります。

それは
社会に適応できないといけないという気持ちを疑ってみましょう

ということです。
ここでは、分かりやすく説明するために
二人の人物の考え方を書いていきます。

 

共通していることは
社会に適応できていないと
悩んでいることです。

 

嫌な社会を楽に生きるためには

こんな社会は嫌だと同じことを言いながら
実際の生き方は非常に正反対な2人がいました。

 

太郎さんは日々鬱々として気分が落ち込みながら暮らしており
「何をしていても楽しいと感じた事はないです。
先のことを考えればこれから社会がもっと良くなっていくと
いう希望もありません」といった
むなしい気持ちを抱えています。

 

一方次郎さんは、こんな社会は嫌だと言っている割には
世の中を悲観してる風には見えません。
行動も非常にマイペースでリラックスした表情しています。

 

そんな次郎さんは
「今自分ができることをするだけと
自分で決めています」と返事がありました。

 

2人とも今の社会の生きづらさを感じています。
けれどもその生き方が正反対なのは
どこが違うからなのでしょうか?

根本的に違うのは「こんな社会は嫌だ」という思いを

自分でどのように受けとめているのか。

 

社会と自分、軸にすべき考えはどちら

太郎さんはこんな会社は嫌だと感じてしまう
自分を認めることができません。
それは太郎さんの意識の奥深く
「社会に適応すべきだ」という思い込みの
気持ちがあるからです。

 

「社会に適応すべきだ」という
考えからスタートすれば、
自分の感じ方が健全であったとしても
「社会に適応できない私は
こんな状況になっているのはだめだ」と
なってしまいやすいです。

 

つまり「こんな社会は嫌だ」と感じる
自分自身の感情や思いを信じている
わけでは無いのです。

 

一方で次郎さんは
考えをいろいろ思いを巡らすよりも
「自分がそう感じるんだったら
自分の感じ方のほう正しい」と
信じているので
「この社会は行きづらい」と感じる
自分の感じ方を肯定できるのです。

 

そのために社会に適応しなければならないとも
社会に適応できない事はダメとも思わないのです。

 

社会は社会、自分は自分と分けた考え方で
自分の感情を中心にすることで
「こんな社会は嫌」と感じる
自分を認めることができているのです。

 

だからこそ次郎さんは
「こんな社会」という現実を
冷静に客観的に
受け止めることができているので
はないでしょうか。

 

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社会を変えるより「感じ方」を変える方が早い

次郎さんは
自分の感じ方を信じているので
社会が健全なのかどうか判断するとき
自分が感じる感じ方を
自分の内側から送られてくる
メッセージと信じています。

 

ポジティブな感じ方が起こったときは
自分と周りの人とも調和しているという捉え方をする。

 

ネガティブな感じ方が起こった時は
何か健全ではない自然ではない
不調和なことが起こっていると
自分の感情の方を信じられるので
自分が感じるネガティブな感情も
ある程度肯定できます。

 

次郎さんのように
自分の感じ方を基準にした方が、
基準がはっきりしているために
適切な判断力や対処方法が身に付きます。

 

自分が納得し、満足していれば
余計な争いを避けることが
できるようになります。

 

自分の感情を認めてあげた方が
自分にとっても他者にとっても
好ましい結果になる確率は
はるかに高いと感じています。

 

次郎さんのように
「この社会は嫌だ」と感じる自分を肯定できれば、
その後の展開はどうなっていくのでしょうか。

 

「確かに生きづらい。
しかし今の社会がそうだからといって
変えることができないのもまた事実」

 

こんなふうに現実を
直視することができるでしょう。
現実を直視できれば
「今のこんな社会」を前提とすることができます。

 

「こんな社会であっても自分を大事にする」と
決めるのも良いでしょう。

 

あるいは「こんな社会だからこそ自分らしく生きよう」と
考えることもできます。

こんな自分中心の決め方ができる人ほど、
どんな社会であっても
その中で自分を大事にできる方法を
探し出そうとしますし
そのために行動しようとするでしょう。

まとめ

社会に適応できないという気持ちから
生きづらさを感じている2人の
例え話にして書いてみました。

 

現実の世界ってやはり
生きにくさはあると思います。

 

不満も不安も多いです。

 

時に愚痴を言って発散するものは
とても大切なことです。

 

しかし、それがだんだんと
他人の責任にしてしまうことは
避けていくべきですね。

 

なぜなら
人にはそれぞれに
生きにくさを感じているから。

 

決してあなたが
一人だけということはありません。

 

生きにくさを感じている
あなたがどういう変化をしていくことが
出来るのかを考えて
少しずつ行動を起こすことが
大切だと考えています。