他人の評価が気になる。悩むあなたに精神科から伝えたいこと

こんにちは。
精神科作業療法士の大祐です。

 

人間関係で悩みの一つに
他人の評価を気にする人が
非常に多いということがあります。

 

この記事を読んで頂いているあなたも
その1人かもしれません。

 

ここでは相手があなたにする評価
の本質について書いていきますね。

 

この本質が分かると
その時の相手の評価されることに
振り回されることがなくなりますよ。

 

評価は絶対的ではなく
変わりゆくものであるということです。

評価とはいったいどういうことか?

人間である私たちは
常に自分の安全を確保するように
プログラムされています。

 

ですからあなたの目の前に
理解できないことが起こると
自分なりに理解しようとして
処理しようとします。

 

その理由は
理解出来ないことを
わからないまま放っておくことは
不安だからです。

 

そのために目の前に現れた
理解できないことを理解するための対処法が
評価となります。

 

良いものと評価すれば安心しますし
危険なものだと評価すれば
距離を置いたり攻撃をします。

 

評価すること自体は
安全を確保する上で大切なことですから
何も悪いことではありません。

 

しかしそれは自分が下した一つの評価に
過ぎないことを忘れてしまうと
様々な問題が起こってきます。

 

そもそも評価というのは
自分が知っていることに基づいて
自分が判断するものです。

 

同じものを他人が見たら
その他人が知っていることに基づいて
他人が判断するのですから
全く違う評価になることもあり得ます。

 

評価とは個人的で主観的である

評価というのは極めて
個人的で主観的なものです。

 

それなのにあなたは〇〇だね。と
まるで唯一絶対の真実であるかのように
押し付けられることがあります。

 

これは1種の暴力だと考えています。
その人にはその人しかわからない事情が
あるのにそれを無視して何かを決めつけ
押し付ける姿勢だからです。

 

評価に暴力性があるということを
考えればそれに傷ついて
トラウマになる人もいて
当然だと思います。

評価を求める人の心理

人の中には評価されることを
積極的に求める人がいます。

 

評価には承認欲求を満たしてくれる
ポジティブな面もあるからです。

 

人から認めてもらいたい、
誰かに褒めてもらいたい、

 

という気持ちの原因は
自信がない自分から生まれています。

 

人から褒めてもらわないと
やはり不安になるのです。

 

評価されないと不安になる

 

なぜ褒めてもらわなければ
不安になるのかと考えてみると
今までの生き方は他人に
評価を下され続けて
生きてきたからです。

 

いつも他者の評価を基にして

自分うまくやっている。
自分はこれでいいんだと。

 

常にこれで基準として
判断してきたため
他人が褒めてくれないとなると
自分がこれでいいのか不安になってしまったり
だめな人間のような気になってしまったりするからです。

 

評価には暴力性があると言ったのは
何もネガティブな評価にのみあるわけではありません。

 

褒められるという
ポジティブな評価に対しても
ある種の暴力性があると私は考えます。

 

例えばあなたは仕事ができる人ですねと
褒められた場合、その瞬間は嬉しいと
感じていても次も認めてもらうために
絶対に失敗してはいけないとか

もっと褒められるように頑張らなければ
とプレッシャーに感じることもあります。

 

女性に多いのですが異性に
痩せたねと言われればその瞬間嬉しくなるけど
絶対に太れないと不安になりますし、

 

おしゃれだねと褒められた時も
次も褒められるような服を着なければと
苦しくなる人もいます。

 

また自分に向けられた評価のみが
暴力性をはらむわけではありません。

 

例えば職場で同僚や先輩ばかりが
仕事がよくできると褒められていたら
やはり苦しくなりますよね。

 

それをあなたは仕事ができないと
暗に言われているのでは感じるからです。

 

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評価を気になる人とならない人の違い

私たちに対する評価は
確かにあちこちで下されていますが
それを気にして傷ついてしまう人と
そうでない人がいます。

 

この違いはなんなのでしょうか。

 

それはその人が他人は自分に評価を下して
傷つける存在という認識をどれほど
強く持っているかというところが大きいです。

 

評価を気にする人は
他人から気にしすぎだと言われますが
その人の認識に基づくと
実は気にしすぎているわけでは無いのです。

 

気にしすぎるというのも他人が下す
1つの評価ですから言われた側は
小さなトラウマをもたらすでしょう。

そして今度は気にしすぎる自分を意識し
さらに気にするということに
なってしまいます。

 

一方で評価あまり気にしない人は
別の認識を持っていることが
多くあります。

 

例えば他人の評価について

「それはあの人の考え方だから」
「人は人。自分は自分。」

などときっぱり割り切ることができます。

 

こういう人は人によって
物の見方が違うということを
成長過程で学んできた人だと思います。

 

人の評価を気にしない人は
あくまで評価と言うのは
一時的で主観的なものだと
知っている人です。

 

働きかけによって
相手の評価修正することもできることを
知っているのです。

 

もし仮に修正できないとしても
「勝手に決めてほしくない」と
拒否する自由があることを
知っているからです。

 

このように評価というのは
あくまでも一時的なものでかつ
主観的なものであるということを
知っていれば他人の評価について
感じ方もだいぶ変わるのではないでしょうか。

 

まとめ

他人の評価が気になる人に向けて
相手がする評価の本質について
書いてきました。

 

もう一度お伝えしますが
他人の評価というのは
一時的なもので主観的であるということです。

 

つまり他人の評価というのは
すぐに変更することがあり得ることです。

 

そのときの相手の気分かもしれないし
ただ、一方的な見方で下した評価であることが
多いですね。

 

ちなみに
私は作業療法士ですが
相手を評価することを治療を行う上で
よくしますが
非常に丁寧に取り組んでいます。

 

一日で終わることはなく
継続的に評価を重ねたり
スタッフと相談したり
自分の見え方に偏りがないか
客観的に分析しながら行います。

 

人を評価するということは
本来非常に時間を要することです。

 

しかも完璧に相手を評価できることは
ありません。

 

なぜなら
人は置かれている環境や
そばにいる人によっても
大きく変化するからです。

 

もちろんその時の気分や
体調によっても多少の変動はあるでしょう。

 

なので
私は患者さんを評価するときは
その都度再評価という形で
何度もやり直しています。

 

医療従事者ですら
人を評価するのは難しく
容易に変更もありえます。

 

もしあなたが
人の評価を気にしていて
悩んでいるのでしたら

相手の下す評価は自分の一部分を
みて言っているのだけだと
さらっと流すくらいでちょうどいいです。