うつの発症体験談。病気を理解しようとする人に伝えたい事

 

どうも、こんにちは。
精神科作業療法士の大祐です。

 

私は日々精神病に悩む人に
作業療法を中心に治療を通して
関わっています。

 

うつ病については
いろいろな視点からこのブログでは
お伝えしていますが
実際にうつで悩んでいる人の
体験を知っていくことも
理解する大切な要素です。

 

今回うつのは発症体験から
現在休職しながら治療をしている
人の体験をお伝えします。

 

その方は看護師さんです。

 

うつの症状を理解を深めて
もらえればとても嬉しいです。

 

【心が悲鳴をあげた】

午前5時59分。
私のベッドサイドの時計のアラームが
鳴る1分前に、私はやっとの思いで
重い手を伸ばしアラームを止めました。

 

前日、私は上司から
圧力のかかる面談を受け、
重たい身体を引きずりながら
帰宅しました。

 

帰宅し、見上げた居間の時計は午後11時半。
夕食もお風呂も身体が求めず、
上着を脱ぎ、そのままベッドに
倒れ込むように横になりました。

 

職場で、とある問題が勃発し、
大問題になりかけ、上層部からの
事情聴取が開始された日でした。

 

普段の業務に加えての事情聴取。
その日の勤務終了は、定時からすでに
5時間超過していました。

 

あれだけ疲れた身体なのに、
いざベッドにたどり着いても
眠ることができませんでした。

 

目を閉じても、厳しい顔で
私を叱責する上司の顔が
思い出されます。

 

知っている範囲で
事情聴取に答えても、
上司に報告されている内容は
現場での実際とははるかに
かけ離れたものでした。

 

ひとつ修正すると、上司から
10の質問点が立て続けに入ります。

 

私も、選ぶ言葉が
慎重になっていました。
私の発言次第で、
他の誰かにも影響が及ぶのは
確実でした。

 

【誰にも迷惑をかけたくない】

自分の発言で、誰かを傷つけたくない。

 

全く信頼できない上司との面談は、
ただの圧力でしかありませんでした。

 

一睡もできないまま迎えた朝、
思考能力がない頭の中でも、
午前6時には大音量のアラームが
鳴ることだけはわかっていました。

 

普段から朝早く夜遅い生活、
アラームは数年前から
大きめにしていました。

 

そうでもしないと、
起きられなかったからです。

 

そこまで追い詰められた
生活だったのに、
その日はアラームなしでも
朝を実感していました。

 

アラームを聞いてしまうと、
その日が始まることを認めてしまいます。

 

私はアラームを止めることで、
その日の開始を自ら止めたのです。

 

身体にかかった布団が、
重いコンクリートのように感じました。

 

寝返りを打ちたくても、打てない。
起きたくても、起きれない。
息を吸うのも、苦しい。

 

部屋の天井を見ながら、
ただ途方にくれていました。

 

どれくらい時間がたったでしょうか。
時計を見ると、すでに出勤時間を
とうに過ぎています。

 

忙しい職場なので、普段から勤務開始の
1時間以上前には席についていました。

 

普段私が職場にいる時間に、
私は部屋のベッドの中で
動けないでいました。

 

動けないながらも、
仕事に行けないことは伝えないと。

 

自分の身体の異変を感じながらも、
普段から几帳面な私は、
職場にかける負担を考えていました。

 

私は今日は行けない。
明日以降も自信がない。

 

勤務開始前に伝えないと、
開始後に伝えると
同僚達が仕事の
スケジュールをいちから
建て直さないといけない。

 

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コンクリートの布団から、
やっとの思いで枕元の携帯電話に
手を伸ばしました。

 

職場に電話をかけました。

 

長い保留音の後、
主任が出ました。
前日の上司との
やりとりを知っていて、
電話に出るなり
心配の暖かい言葉を
かけてくれました。

 

ありがたい言葉でしたが、
あのときの私には
何も届きませんでした。

 

優しい主任はしばらく
私にいたわる言葉を
かけて下さいましたが、
その言葉を遮り、私は言いました。

 

「申し訳ありません。私、
もう無理です。ごめんなさい」

 

自ら電話を切りました。当然のごとく、
折り返しの着信が鳴りやみません。

 

携帯に出なければ、
自宅の固定電話にかかってきます。
携帯の電源を切り、
コンクリートの布団をかぶり
目を閉じました。

 

布団で耳を塞がないと、
鳴りやまない固定電話の
着信音が頭に響きます。
途方にくれた9月の朝でした。

 

 

【エネルギーが底についた瞬間】

欠勤した日からしばらくの間
ただ眠っていました。
時折目が覚めても、
何かをしようとは思わない。

 

お腹もすかない。
のども乾かない。
軽く目をあけては、また閉じる生活でした。

 

カーテン越しに外が明るいか暗いかは
分かりましたが、部屋の時計を見る
元気もありませんでした。

 

時間の感覚をなくしていたので、
今日が何月何日で何時頃なのか、
これが欠勤してから何回目の夜なのか、
分からなくなっていました。

 

でも、そんなのどうでもよかった。
ありとあらゆるものから解放されたい。
私はそう思いながら、
重たいコンクリートの布団に
くるまっていたのです。

 

欠勤したあの日、
手元にある携帯の電源は自分でOFFにできても、
居間で鳴り響いている
自宅の固定電話まで行く気力と体力が
ありませんでした。

 

寝室から電話まで、
10歩もかからないのに、
起き上がって電話の線を抜く
元気はありませんでした。

 

私が携帯や固定電話の応答を
拒否しているため、固定電話は
1時間おきに鳴り響きました。

 

動けるようになった数日後、
その日の固定電話の
ナンバーディスプレイの表示を見たら、
職場からの着信が午前8時から10時までの間に
15件も入っていました。

 

最初のうちは固定電話が鳴るたびに
耳を塞いでいました。

 

恐る恐る携帯電話のスイッチを入れると、
同じく職場からの着信が10件。
救いようのない恐怖心にかられました。

スイッチを入れたと同時にまた着信。
驚きのあまり、うっかり通話ボタンを
押してしまいました。

 

予想通り、職場の主任からでした。
「今日も明日も、その先も、
落ち着くまで休んで」とのお言葉でした。

 

ありがたい反面、
「みんな心配しているよ。」の一言で
さらに追いつめられた気がしました。

 

私は仕事を放棄した。
それだけでも深い負い目なのに、
ただでさえ忙しい職場にさらに
負担をかけてしまったことが心苦しく、
自分を責めました。

 

目を閉じても、
同僚の顔が目に浮かび、
ただ涙が流れました。

 

たった4日の休職で、
体重は8kg落ちていました。

 

急激な体重減少に身体がついていかず、
必要最低限の、たった数歩の家の中の
トイレへ行くだけでも、
歩くだけで息切れがしました。

 

身体が食べ物を受け付けない。
気がつけば、お風呂にも
5日は入っていない。

 

自宅の浴室までの数歩が
踏み出せない今の私に、
列車とバスを乗り継いでの距離になる
自宅へ戻るのは不可能な話でした。

 

今のこの状態で帰ったら、
家族はきっと心配する。
私も、涙をこらえる自信がない。
特に、年老いた母を思いました。

 

その前年に父を病気で亡くしたばかりの母は、
毎日朝と晩に、仏壇の父へ、
激務の私のことを守ってくれるように
話しかけていることを
私は知っていました。

 

何事もなかったように、
今週は帰れないと連絡しました。
知り合いに不幸があって、という口実は、
数時間も考えた末に浮かんだものです。

 

「それは仕方ない。
お知り合いの方に、
あなたができることは
少しでもしてさしあげなさいね。
今は気丈に振る舞っていても、
落ち着いたころぐっと
辛くなるものだからね」

 

電話越しの母の声は、
私が嘘をついていることを
全く感じていません。
母の心からの言葉に、
嘘をついた自分がますます辛く
苦しくなったのです。

 

まとめ

うつの発症体験として
書いてきました。

 

極度のストレスは
感情を受け止め方の
バランスを崩します。

 

うつ病は
心身のダメージが
引き金になることが多いです。

 

今回は看護師さんから話しを
聞きました。

 

この極度のストレスの
心身へのダメージは
計り知れません。

 

うつ病は誰でも
なりうる病気です。

 

これだけのストレスに
一人で問題として解決しようとする。

 

それを全て自分の責任と認識して
自分で処理しようとする。

 

これが一番よくありません。

 

ぜひ、この状況を
一人で抱え込まずに相談してください。

 

問題を少しずつ
紐解いていき
自分が負うべき責任。
そして負う必要のない責任を
切り離して考えるように支援するのも
精神科受診の大きなメリットです。