依存は悪いこと?勘違いを起こしやすいので解説します。

こんにちは。
精神科作業療法士の大祐です。

 

私はアルコール依存症治療病棟を
担当させていただいていることもあり

よく「依存」ということを
考えることが多いです。

 

依存という言葉を聞いていると
ネガティブなイメージがあると
思います。

 

例えば
彼氏、彼女に依存している
家族に依存している
お酒に依存している
ギャンブルに依存している

 

そしてこの依存を
「治そう」とか「なくしたい」
と考えている人が多いのですが
私はむしろなくすことのほうが
リスクが高いと考えています。

 

私の考えは
依存先をなくすことではなく
依存先を増やすことが重要だと思っています。

 

その理由について書いていきます。

依存をなくしたいと考えている人

依存していることで
苦しいと感じている人

依存されて苦しいと感じている人に
読んでもらえたら嬉しいです。

 

健康な人ほど依存先が多い

私は日々病院で働いていて
精神障害という一つの障害を持つ人と
関わることが日常的ですが

そこで感じることは

障害があろうとなかろうと全ての人は
多くのものに依存して初めて生活が成り立っている
ということです。

 

たくさんの依存先として
例えば極端に人やモノに
依存している人を見たとき。

 

そのことを単純に
依存している人と依存していない人と
いう違いではなく

依存できる先がたくさんある人と
依存できる先が限られている人という
違いということです。

 

そして依存先が多い人は
周囲から自立しているとみなされやすく
逆に依存先が限られてしまっている人は
周囲から自立していないと
捉えられやすいということが
言えます。

 

震災の体験談を聞いて感じたこと

私は震災の体験談を聴く機会があったので
そのことを振り返りながら
話しますね。

 

その人は身体的に障害があり
震災にあったときに逃げる避難ルートとして
自分の使える方法はエレベーターだけだったと
言うことでした。

 

しかしそのエレベーターは震災により
安全装置が作動しており止まっていたそうです。

 

身体に大きな障害のない人は
階段を使って逃げたり、体力がある人であれば
はしごやロープを使って逃げたり様々な
避難方法があったそうですですが

その人は自力ではエレベーター以外を使うと
いうことができなかったそうです。

 

結果的にどうしたかというと
近くの人に声をかけその人に背負ってもらって
逃げたそうですですが
1番逃げるのが遅くなったという体験談でした。

 

そのときの話ををきいて
依存先の多さは選択肢の多さでも
あると感じた出来事がでした。

 

 

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依存先が少ないことは選択肢が狭いこと

例えば健康な人の場合
「逃げる」という1つの行為を実現するための
依存先として階段、はしご、ロープ、エレベーターと
4つもあったと言うことです。

 

それに対し限られた依存先しかない
障害者にとっての依存先の意味は非常に
大きなものになります。

 

依存の数が少なくれば少ないほど
その限られた依存先の依存度が深くなるということです。

 

ここで言う依存度とは
それなしではやっていくことができない、
いう意味です。

 

健康な人が依存先がたくさんある場合
依存先との関係はある意味とても
淡白なものになります。

 

それはつまりあなたがいなくても
他にいくらでも代わりはいると
いう状況が可能になっているのです。

 

そう考えると依存先が増えれば増えるほど
1つの依存度は少なくなります。

 

最終的には自分は何にも依存していないという
錯覚に陥ることができるかもしれません。

 

まとめ

依存することは悪いことかという
視点で考えてきました。

 

私は依存先は少ないことは
選択肢の幅も狭くなるし
できることが減るという考えです。

 

例えば
お酒を例にするなら
その異常の飲酒量で
家族に迷惑をかけているとします。

 

しかしその本人にとって
その異常な飲酒にしか
依存する先がないという
偏った認識しかない場合

唯一依存できている
酒をやめさせる行為が
いかに怖いことかということです。

 

依存先が酒になっているということは
それはそれでその人にとっては
重要な意味があるのです。

 

それは先程も伝えましたが
選択肢の狭さにも影響していると思います。

 

依存先が本来、酒しかないというのは
おかしなことです。

 

依存先が多い人は
その先で発散しようとします。

 

友達に連絡を取り合うかもしれない
家族と話すかもしれない
自分の時間で読書するかもしれない
ペットを抱きしめるかもしれない
運動するかもしれない

 

もし依存する先がないなら
作ることを考えていくことが
大切ではないでしょうか。

 

それは人でなくても
モノでもいいと思いますし
趣味でもいい。

 

それに変わる何かを
一つではなく複数見つけていくこと。

 

依存することは悪いことではなく
依存先が少ないのが問題です。

 

恋愛で言えば
彼氏、彼女しか
依存先がないから苦しくなる。

 

そこしか依存する先がない。
安心できるところがないと
思い込んでいる人が多いです。

 

依存先を増やすことで
たくさんのパートナーを作るという
選択肢ではなく
自分の向き合いの時間であったり
成長させる時間に使うことだって
充分依存先として成り立つと
私は考えています。

 

依存できることを増やすこと。

 

生きていく上でとても大切なことの一つである
と思っています。