コミュニケーションが下手。自信が持てない時の対処法とは?

どうも、こんにちは。
精神科作業療法士の大祐です。

 

私が日々接する中でコミュニケーションが下手、もしくは苦手と
感じている患者さんがとても多いです。
そこで私が日々、患者さんに伝えていることを
書いていきたいと思います。

例えばですがこういった悩みを抱えている人がいました。

 

「私は人とのコミュニケーションが下手です。
職場でもうまくいかず同じ会社に長く勤めた経験もありません。
良い仕事にも恋人にも恵まれないです。
自分は一生懸命やっているつもりなのですが、
理解してくれる人がいない…孤独を感じます。」

 

上のような悩みを抱えている人は
コミュニケーションが苦手という意識から、
人から理解してもらうことが
難しいと感じることは現実的によくあると思います。

 

人はどんな形であれコミュニケーションを介して
お互いを理解しあうものなので、
苦手な体験が積み重なってで孤独感を感じずには
いられないのではないでしょうか。

 

確かに、理解し合えないと「つながっている感じ」を
持てませんから、孤独を感じやすいでしょう。

ここで大切なことは孤独を感じているときは
何かを「得よう」とするよりも何かを「与える」
ことを考える方が良いです。

 

ここでは
考えの発想を少し変化させて、
「得る」から「与える」ということを考えて行きます。

 

理解してもらえないと言うのはそもそも
「得る」側の発想です。
つまり「理解してもらうこと」を求めているからです。
しかしここで敢えて、相手との関係において
自分は何を与えることができるだろうかと
いうことを考えてみてください。

 

コミュニケーションが下手と言う人の考えとして、
・気の利いたことが言えない
・恥ずかしがりで口下手
・ほとんど話さない

 

もしかしたらこういう考え方をしてるかもしれません。

 

そして、そんな人があまり周りの人から好かれないのは
原因があります。それは、

人は、自分が理解できないものが苦手だからなのです。

 

人の脳というのは
自分の中で答えがでないものには一種の恐怖を感じるように
できています。

 

「何を考えているのかわからない」と感じる人には、
その恐怖から
敬遠してしまったり、本来良かれと思ってやったことが
正反対の意味に誤解されることもしばしばあります。

 

つまり、こちらから見れば「理解してもらえない」という不満が、
あちら側から見れば「理解できない」と言う不安や不満になる、
ということなのです。

なので、ここで相手に与えてあげられるものは、

 

「単にコミュニケーションが下手なだけで、
敬遠しているわけではないことを知らせてあげる」
と言うことになるでしょう。

 

コミュニケーションという意味は
よく勘違いされやすいですが
言葉によるものだけではありません。

 

言葉によるコミュニケーションが下手なのであれば、
例えば笑顔で会釈する、というだけでも相手から見たときに
「自分のことを嫌いなわけではないのだ」
「本当はみんなと仲良くやっていきたいのかもしれない」
と言う部分は伝わりやすいです。

 

みんなが楽しそうに話しているとき、
自分は話題を提供したり良い相づちをうったりすることができなくても、
楽しそうにその場にいるだけで、
「仲間意識はある人」と言うことが伝わります。

「自分はコミュニケーションが下手だから、どうせうまく話せない」と
思い込んでいる人の多くは話の輪から外れているものです。

 

そのため、「あの人は、こんなくだらない話に
付き合っていられないとでも思っているのだろう」
「人との関係に全く関心のない、人間なのだろうか」
「何か気味が悪い」などと誤解されていることも多いのです。

なのでぜひ第一歩として実践してみてほしいことは、
「自分は本当にコミュニケーションが下手で困っている」
ということを、
信頼できそうな友達や家族、同僚なりに打ち明けてみると良いでしょう。

これだけでも、「本当はみんなと仲良くしたい」と言う
情報提供することになるのです。

 

こんなふうに、与えることができるものはたくさんあるのです。
そして、「理解されない」と落ち込んでいるよりも、
「少しでも自分について情報与えて相手の不安を減らしてあげよう」と
思っている時の方が心が開いていますし、孤独を感じにくいはずです。

まとめ

コミュ二ケーションが下手で相手に理解されず孤独を感じたとしたら
「与える姿勢」になって心を開いてつながりを感じることが大切です。
これは1種の「手放し」とも言えるのですが、
自分の意見へのこだわりを手放し、得るためではなく与えていく
という考えから
一回り大きな人間になって相手に譲ってあげるのも1つでは無いでしょうか。
そしてこの与えるということがいまいちピンと来ない人は
「感謝する」ということに置き換えても大丈夫です。