信念の意味。知らないとトラブルになりやすい理由とは?

 

どうも、こんにちは。
精神科作業療法士の大祐です。

 

最近、いろいろなニュースでも信念を貫くことが大切であるとか信念がある人はかっこいいいとか言われたりしています。

 

そもそも信念の意味を知っていますか?

 

国語辞典では、信念とはそれが正しいと堅く信じ込んでいる心。
と書いてあります。

 

何となく分かるような感じもしますがイマイチ理解が深まりません。

 

しかし、ぼんやりしたままで放っておくと、人間関係でトラブルが起こったときに巻き込まれてしまいます。

 

人間関係でトラブルが起こる時は、この信念のぶつかり合いがほとんどだからです。

 

そのためにも、まず信念とはどういう意味を指すのかについて一緒に深めていけたらと思っています。

 

信念=自分をつくる設計図である。

私たちは何かを信じている時、それがあたかも真理であるかのように捉え、疑いはしません。たとえそれが社会的に、道徳的にもそぐわない事でも自分が信じたと思えば、それを信じます。

 

もし自分の信念に当てはまらないことが起こっても、それは例外であると解釈し、かえって信念を強めることにさえなるのです。

 

以前誤った考えを持ち、社会的にも迷惑をかけた宗教団体が世間を騒がした事件もありました。

 

しかし彼らにとっては正しい信念です。

 

あなたは自分で真実であるかのように思い込んでいるもの信念といいます。信念とは、事実はどうであれその人が信じ本当だ、正しい、と思っている考えのことです。新年は出来事を解釈するだけにとどまらずあなたという人物を作り上げる枠組みの設計図でもあります。

 

私たちは家を建てるときには設計図に従って作ります。設計図を変えればその形も大きく変わります。

 

とは言え、多くの人が自分を作っているこの設計図の存在に気付きません。これに気づかない限りは自分自身はどんな人間であるのかや、その本当の姿は見えません。家を建てるときなんて設計図がなければどんな形の家になるかわからないのと同じことがいえます。

 

ですからまず最初の段階で肝心なのは設計図、つまりあなたの信念を知ることです。もし誤った信念を持っていたとしたら、あなたの将来はどうなると思いますか。あるいはそれを持ったまま頑張り通すとどういうことになるでしょうか。

 

頑張れば頑張るほどあなたは自分自身を傷つけていることになるのがイメージできると思います。

 

信念は人それぞれで多様性がある

信念とは形のあるものではありません。誰もがそれぞれ自分の頭の中で現実だと思っている事です。自分では正しくて、現実だと確信していますが、それは別の視点で見れば必ずしも正しいとは言えず、またそれが現実と言う事でもありません。見方を変えれば違う側面もあり違った解釈もあります。

 

例えば、ある芸能人がいて、熱狂的なファンがいる一方で、一番キライという気持ちを持つ人がいるのと理屈は同じです。

 

信念とは、その人の今まで生き方、師匠となる重要な人物との出会い、過去のトラウマ体験、そして日々の何気ない時間の度重なる経験から、学びとって作られています。

 

どんな人でも大なり小なり信念を持っています。その中には、よりよく生きるのに役立つ信念もあれば役に立たない信念もあります。それは側から見たら間違っていようが社会的に見て消して優れているものではなかろうがその人の信念は信念です。

 

例えば鼻にピアスをしている少年がいるとします。一般的に見たらそれほどかっこいいとは思えないのですがしかし鼻ピアス少年にとっては彼なりの信念があるのです。

 

自分が憧れ、このようになりたいと思える人物が鼻ピアスをしていれば、例え社会的に批判の目が向けられようとも、その人にとっての憧れの的であり自分の進む方向になるわけです。

 

まとめ

信念の意味について書いてきました。

 

信念は、自分が今までに作ってきた設計図なので、そう簡単には変更できないです。

 

特に、人間関係においては、この信念と信念がぶつかりあうことでトラブルになったり嫌な感情を持ったりします。

 

自分がどうしても認めたくない信念を、一方で相手が一番強く信じている信念だとしたら、トラブルになりやすのは誰でもイメージできると思います。

 

あなたが日々、当たり前のように感じているその信念は、他の誰かから見たら当たり前ではないというこです。

 

当たり前すぎるので、他人にこの信念を否定されるような言動や行動があった場合にあなたは非常に傷つきます。

 

そして、相手を場合によっては攻撃します。自分を守るためにです。

 

この逆のことをあなたも他人にしている可能性があるということを知っておいてください。

 

自分だけが100%正しくて、相手が間違っている。そして、相手が100%正しくて、自分が間違っているということはありません。

 

人は人。自分は自分といいますが、結局みんなどこか違います。

 

信念なんか違って当たり前です。だからこそ、人それぞれに信念があり、それを認めたなくてもいいので知るという視点も非常に大切なことです。